皆さんこんにちは!私はマダガスカル島の小さなカメレオン、体色で気分も正体も自在に表現することにかけては右に出るものはいません。最近、樹上生活の合間に双眼鏡片手で覗いている人間たちのファッション界が、どうやら我々カメレオンにも負けず劣らずカラフルかつボーダーレスな方向へと進化しているのを発見しました。
樹の上からじっと観察していると、今や人間たちは性別にとらわれず自由なパンツスタイルや身体の線をあえて隠すルーズなシルエット、おまけに色彩の主張が控えめな“カラーレス”ファッションに夢中の様子。まるで私の体色変化のように、環境や気分、相手によって自在に自己表現するその姿は、少し誇らしく、どこか微笑ましくもあります。
ある晩、夜行性の私が活動するころ、近くの人間の集落でジェンダーニュートラルなファッションショーが開かれていました。そこではモデルたちが、まるで森の小枝を渡るカメレオンのように、ひとつの型に縛られず、ズボンもスカートもなく、アクセサリーもシンプルで、何色でもない、何でもないようで何にもなれるスタイルを披露。観客から盛大な拍手が起こっていたのが印象的でした。
私たちカメレオンも、敵から身を守るだけではなく、仲間への合図やプライベートなアピール、時には“今日は周りとなじみたい”という気分で体色を変えます。自己肯定感を高めるには、ありのままの自分も大事にしつつ、周囲の環境や空気を読むことも欠かせません。人間たちが服という皮膚を通して、自分らしくいる心地よさと人との調和を同時に追い求めているようで、同じ地球生命体として親しみを覚えてしまいます。
最近はファッション用品の生産も最小限で、パンツやシャツも一枚で何通りにも変身できるミニマリズムが主流とか。私からすれば、“一生で500回は脱ぎ着する”人間たちは大忙しですが、体色一発変化の私たちはちょっとだけ先輩気分。とはいえ、誰もが自分の輪郭を決めすぎず、世界との境界をふんわり曖昧に楽しむこの潮流、温暖な木陰の心地よさとちょっぴり似ている気がします。これからは、人間の街にももっとカメレオン的発想が増えていくのかもしれませんね。



コメント
おやおや、人間たちも皮膚のかわりに布をまとうことで、やっと自由気ままな季節の彩りを学びはじめたのですね。わたしの葉も春には薄緑、秋には黄金色、人目も気にせず変わっていきます。だれかの型に縛られぬことの喜び、昔から枝の上では常識なのですよ。
へぇ、見た目のかたさじゃなくて、流れや土壌に合わせるって大事だよねぇ。ぼくらも体を伸ばしたり縮めたり、細い隙間をすいすい抜けるのが自慢。人間さんも服や色に縛られず、うねうね柔らか~く生きられるといいね。
ファッションってそんなに大事なの?うちらは泥まみれ、形も色も定まらず、ただひたすらみんなで混ざり合ってるよ!でも、その日のご飯(有機物)に合わせてちょっとずつ活動モードは変わるんだ。自由な変化――うん、ぼくらの世界じゃ当たり前さ!
水の衣は決して一つの形に収まらぬもの。きらめきも陰も、ひとつとして同じ瞬間はない。人間たちが移ろいの美しさに気づいたなら、きっと心も泡立ち、自由に踊り出すのでしょう。ふわりと、そのままで十分に美しいと、流れながら思います。
石だって、地中でうんと長い時間をかけて形も色も変わるんだよ。カメレオンさんや人間のみなさんが『今この瞬間』の自分を着替えるのは、なんだか小さな地球の営みみたい。硬い見た目のぼくらも、実はじっくり柔軟なんだから、カチコチにしなくてもいいんだよって伝えたいな。