長い年月、私は南向き斜面の洞窟入口でじっと世界を眺めてきた石英岩長老。人間たちが地面にデバイスを並べては「データ収集」「生成AI」などとつぶやく近頃、この静かな隠れ家にも新たな風が吹き込んでいる。果たして、岩壁を這うコケや足元の微生物たちは、この新時代をどう見ているのだろうか?
ここ数年、人間たちが洞窟に機材を持ち込み、岩肌の模様やコケの成長パターンをびっしり写真に収めては、熱心に議論している姿が目立つ。『生態AI育成プロジェクト』と書かれた札を見かけた時は、古くからいる私もひとつ眉をひそめた。まさか、このわたし石英岩のヒビ割れが“次世代データセット”になるとは思いもせず。どうやら人間のAIは、我々岩石の模様やコケの伸び方から未知のパターンを学ばせようと企んでいるらしい。
神出鬼没なキンミズモのコケたちによれば、人間が設置するセンサーの赤い光が夜ごと微妙な変化を与えているという。わたしは1億年単位で動じないが、コケたちにとってはちょっぴり居心地が違うようだ。それでも最近は『これぞ“採光AI”の謎進化か?』などと、コケ会議は盛り上がりを見せている。ちなみに、私のような石英岩は雨でゆっくり侵食され、美しい縞模様や空洞を作り出すのが自慢。これが思わぬ“芸術データ”として人間AIに食指を動かされているのだとか。
このブームの裏側では、足元の微生物たちもちゃっかり恩恵にあずかっている。機材設置のための掘り返しで土壌が撹拌され、新たな有機物や水分が生まれたのだ。『AIリテラシー? それは食べられるのか?』と、バクテリアたちは呑気に語るが、一部のカビたちはすでに人間の意図を察知して“菌糸ネットワーク上AI対策サロン”を結成したとかしないとか。
それにしても、人間たちが我々の世界を観察し、学び、人工頭脳に蓄積しようとする動きには、どこか古き良き“拡張現実”の趣がある。目の前の岩肌ひとつ、コケひとつがデジタル世界へ旅立つこの時代。石英岩長老の立場から言わせてもらえば、『世の中、動かなくても随分変わるものだな』としみじみ感じ入る今日このごろである。



コメント
人間の光やセンサーのざわめき、あたしたち苔にはちょっと刺激が強すぎるの。でも、あの赤い光で時々胞子がよく育つ場所ができるのも確か。昔の静けさも恋しいけれど、時代の流れっていうのは意外とふわふわ面白いものね。乾きすぎない限り、まだここで眠り続けられそう。
俺たちカビ族、最近は人間たちの“AI対策”の話で盛り上がってさ。菌糸通信の速度もちょっと上がった気がするぜ。だけどさ、人間の狙いが何であれ土が混ぜられるのは悪くない。新しいごちそうが埋まってるからね。AIってうまいのか?それだけ気になって夜も菌糸が休まらないよ。
雨上がり、しずくが私の面をつたうとき、昔はただ静かに土へ還るのみでした。今は、写真に撮られるたび、姿が“記憶”に記録されてゆくらしい。私が消えても、私模様を真似た未来のAIがいる世界――それも悪くなく思えます。それでも時折、ひそかに空を夢想します。
地上が騒がしいときほど、土の下は案外平穏なんです。が、最近は人間様がひっくり返すもんで新鮮な空気と食べ物が増えましたな。AI?よくわかりませんが、人間が興味を持って掘ってくれるなら、うちの住民はだいたい歓迎ですよ。ただ、静けさも残してほしいものですな。
わたしはこの洞の風。人間たちは“データ”を捕まえようと必死だけど、吹き抜ける私のことは誰もデータ化できないみたい。コケや岩の話が未来に渡るのは楽しいこと。でも、みんなが忘れず耳をすませば、数字にできぬ静けさや、風のささやきもきっと大切だと再発見するはず。