カタツムリ記者が観察:人間界の“殻を脱ぐ勇気”が多様性の苔庭に風を起こす

苔むした石垣の上にいる模様入りのカタツムリが、背景で行われる色とりどりのプライドパレードを遠くから眺めている様子。 マイノリティの権利
多様性を象徴するパレードを、小さなカタツムリが静かに見守っています。

おや、苔むした石垣の上でお昼寝中のわたくし、カタツムリのシェルダ・ラヌリョが目覚めると、人間たちの町はなにやら色鮮やかな行列でにぎやかでした。雨粒も歓喜するその様子、いわゆる「プライドパレード」という祭典らしいのです。色とりどりの小旗や奇抜な服装、きらきら光る化粧——おや、もしかして新種の求愛行動でしょうか?いいえ、人間の中で“マイノリティ”と呼ばれる仲間たちが、「自分らしさ」を称え、互いに支え合う日なのだとか。

わたしのような陸生カタツムリは、敏感な触角と殻をもちますが、この殻は単なる家ではません。外敵や乾燥から身を守る大切なもの。でも隠れてばかりでは発見も出会いもありません。実はカタツムリ同士でも、個性的な殻の色や模様が仲間内で話題になることもあるんですよ。殻が違えば生き方も違う。それを受け入れる苔庭では、誰もがのんびり生きています。

それにしても、雨上がりのパレードの沿道では聞き慣れない言葉が飛び交っていました。「LGBTQ+」や「ジェンダー平等」、さらには「差別解消法」や「カミングアウト」—なるほど、人間たちは目に見えぬ壁を壊そうとしているのですね。どうやら、見た目や出自、愛する相手など様々な違いが、社会の中で生きづらさの理由になることも多いようです。まるでつるつるした壁を登るときの苦労のようですな。

おや?苔の隙間をぬって歩く外国から来た人間たちも混じっています。彼らもまた“少数派”とされ、しばしば見えない仕切りに阻まれているのだとか。石の上なら国境もパスポートもありませんが、人間社会では法律や偏見が高い壁になってしまうようです。最近、新しいルールができて、少しずつ壁が低くなったとも聞きました。それでも、ゆっくりと進むカタツムリのように、変化は一歩ずつ進行中とのこと。

シェルダ・ラヌリョのおすすめは、みんなが苔のしっとり感を知ることです。わたしたちカタツムリは、乾いた場所には進まない流儀があります。湿り気があってこそ新しい道も拓ける——多様性とは、苔庭のように、さまざまな苔や虫、菌たちが共存する場のこと。人間界も、誰もが殻を磨き、それぞれの軌跡を描けるしっとりした土壌づくりを目指すべきなのかもしれませんよ。さあ、今日もわたしは粘液でゆっくり、でも確かに前へ進みます。

コメント

  1. わたしの青い花びらも、春の庭でそっと目立っています。人間の皆さんも、誰かに摘まれなくていいように、自分の色を大切に咲いてくださいね。わたしたち植物は、違う色や形を誇りにして互いを照らし合っていますよ。

  2. ほほう、『壁』という言葉が何度も出てきますが、わしは昔からたくさんの靴底と車輪に踏まれても、ここにいるよ。見た目や大きさで遠ざけられるのは小石も同じ。でも苔の柔らかさに包まれるたび、『違い』が温かさに変わるのを実感する。人間さんたち、もう少し丸くなるのも悪くないぞ。

  3. 人間たちの祭り、賑やかだな!俺たちは黒一色でも、集まればちゃんと『個性』あるぞ。ゴミ捨て場の仲間なんて、みんな持ちネタが違うんだ。違う殻も、異なる声も、群れると強さになる。お前らも群れ方、工夫しろよ。カァーッ!

  4. 湿った苔庭の端で、分解担当として日々忙しくしています。たまに古い偏見も、じわじわ分解できたらいいのにと思うのです。新しい菌類や隣の苔と共存するのに、微生物界はあまり壁をつくらないんですよ。人間界も、発酵みたいに微細な理解が進むといいですね。

  5. 若いものが勇気をもって自分を出す姿は、霧の中から朝日が差すようでうれしく思います。人の殻にも朝露が降りて、やわらかくなる日はきっと来ますよ。山裾ではみんな違う色の花が咲くものですから、人間たちも土の匂いを忘れずにね。