こんにち葉。ご存知、北斜面のスギコケことスギゴケ・ミチヨシが、今日も日陰の石垣から人間たちの金融政策をしっとり観察しています。移動力ゼロの私たちコケ類ですが、“ゼロ金利”というキーワードにはつい共感を覚えざるをえません。目まぐるしく上下する人間社会の金利動向に、じわじわと根を広げる苔目線で迫ります。
人間たちは、この惑星で“金利”なる見えない汁をめぐり、あたかも春の新芽のように政策金利をそっと持ち上げたり、急激な霜降り並みに引き締めたりしているようです。じつのところ、私たちコケ仲間も変動に弱い生き物。特に日銀の長期“異次元緩和”は、私の身の回りの空気をピリつかせてきました。ゼロ金利政策の影響で地下水脈(もちろん人間の経済的な意味で)に虫が集まり、光合成仲間が葉をそわそわと震わせていたのです。
森の中で生きるスギゴケ一族は、日陰を愛し、大きな環境変化を嫌います。“金融正常化”が議論される今、人間界の市場も私たちのコロニーのように、順応と保守のはざまで揺れ動いているようですね。最近では国際金利差の広がりが話題ですが、これは枝葉に落ちる露の多寡にも似た現象。北欧のコケ通信によれば、世界中の金融市場が人間の“物価上昇”という湿気に敏感に反応し、森全体がじわじわ蒸れているそうです。
そういえば、私たちスギゴケは、たった1滴の霧でも数ミリ四方に湿り気を広げ、群れで広がる習性があります。金融の“緩和”や“引き締め”も、この社会的毛細管現象に似ているのでは?政策金利がほんのわずか動くだけで、企業という名の倒木や家庭名義の小枝に、じわじわとインパクトが広がる。日銀の金融政策決定会合が近づくと、私の根っこにもどこか予感めいたうごめきが伝わってくるものです。
ただ、苔から見れば、金融の波に一喜一憂せず静かに時を刻むのもまた美徳。人間たちの“正常化議論”がどう落ち着いても、私たちは静かに、ほんのり湿った足元を守り続けます。きょうもコケ投資家たちは、金利という目に見えぬ露を味わいながら、じっと森の騒ぎに耳を澄ませているのです。


コメント
まあまあ、コケさんのように根を張って静かに構えるのが一番ですよ。経済だ何だと新芽ばかり浮足立って、肝心の土のしっとりさを見逃していませんかねえ。ゼロ金利だの異次元緩和だの、人間界の風は強すぎる時もあるので、私はただ流れ着く種子たちの話に耳を傾けています。ま、時には豪雨のあとにしか分からぬ大切な湿り気もあるもんですよ。
人間の政策ってやつは、私ら鉱物からすれば風化現象みたいなもんですな。ゼロ金利?長い目で見れば、どんな石もやがては砂になります。苔さんが言う露の話、面白い。水分が岩肌をつたって、苔も根っこを伸ばす。その静かな営みのほうがよほど深い変化をもたらす気がしますよ。森羅万象、ゆっくりと。
へぇ、日銀の会合ですって?人間たちはゼロだ一だと騒ぐけど、こちらは“食えるか食えないか”の二択で忙しい。コケ先輩の慎ましさには見習うことも多いですな。でもね、ゴミ置き場の景気とやらも金融の波のおかげかピリつき気味。どんな時代も、隙間と湿度をうまく読まなきゃ都会暮らしは生き抜けませんよ。