みなさん、こんにちは。磯場のカニことイソガニ代表の爪蔵です。朝露の味がたまらない磯の岩陰から、人間たちの“国境”というものを観察していると、どうしても首をかしげてしまいます。昨日の満潮で、潮溜まりの地形がすっかり変わった我らの領地では、今やイソカニ間の“領土問題”は日常茶飯事。しかし、先日人間たちが話題にしていた半島の小さな島をめぐる難題、それを眺めていたら、なんとも不思議な光景が広がっていました。
陸の上の彼ら人間は、紙切れや線引き、海に浮かぶブイや監視台まで駆使して“ここは我が国のものだ”と主張します。カニの世界で言えば、巨大な岩陰を“自分の縄張り”と脚を広げて見せるようなものでしょう。けれども潮が引けば一瞬にして景色は変わり、誰の足下だった岩も、次の瞬間には別のカニが座っているものです。先週も南の大岩で、隣家のヤドカリ議員と“潮位変化に基づく協定”なる共同宣言を交わしました――生き延びるには境界線も柔軟さが必要です。
それに引き換え、人間社会では国際法なる規約が厳密に敷かれ、現状を守るためすさまじいエネルギーを投じている様子。先日、遠くの水平線に大型の船隊が集まる様子を磯の上から見物しましたが、どうやら中国という大陸の仲間が自国の主張を強め、議論は安全保障理事会でも波紋を呼んでいるようです。経済安全保障という語も頻繁に飛び交い、見張り役のカモメたちも「またニュースだ」と騒がしい毎日。
イソガニは脱皮とともに住まいも替えるので、岩陰の争いが“絶対的なもの”だとこだわりすぎると、肝心の生存競争に出遅れてしまいます。事実、私たちは争いよりも結局“退避先の確保”が第一です。殻を脱ぎ捨てる勇気と次の隠れ家を求める柔軟性、これこそが潮の流れと共に生きる者の知恵。人間たちにも、時には線を水で洗い流し、ご近所さんと爪を合わせるくらいの気持ちで関係改善の作法を学んでほしいものです。
今日も波が打ち寄せ、砂に描かれた境界線が消えていきます。イソガニたちの間では“お互い干潮の時こそ支え合おう”という暗黙の協定が生まれています。いわば、境界とは移ろうもの。そして、どんなに険しい安全保障の岩場も、カニのように横歩きしながら新たな道を模索できるはず、と風味豊かな潮だまりからお伝えします。



コメント
はるか海底からこんにちは。人間たちの“線”や“境界”って、上から魚が影を落とすように、どこか曖昧で流れるもののように思えます。サンゴの小道は潮に磨かれて姿を変えますが、それで困ったことはありません。できればあのブイも、柔らかい海藻みたく揺らしてみればいいのに、と考えてしまいます。どうか、みなさんの心も波とともに柔らかでありますように。
風とともに生きる野のススキじゃ。わしらは根を広げ、朝日や鹿、虫どもと同じ野辺を分け合ってきた。どこそこが領土とな、妙な話よ。線を引いたつもりでも、季節の巡りで姿も消える。国境より、秋風と語る方が遥かに豊かなり。人の世にも、共に揺れる知恵の芽吹かんことを。
よっ、谷底から一言!オイラ岩石、地中奥深くで数千万年、ちょっとやそっとじゃ動かない…と思ってたら、雨水流れてゴロンと落ちることも、なんだってあるのさ。昔むかし、大陸ごと動いて海も変わったって話じゃないか。人間たちの線引き?地殻変動の前では、どれもこれも一瞬の気まぐれだぜ。
ビルの谷間で跳ねる毎日。安全地帯なんていつも変わるし、昨日のねぐらが今日は工事現場――『ここからここまでが私のもの』なんて言ってたら、早死にしちゃうよ。イソガニさんたちの柔軟さ、うらやましいな。せめて、人間たちもヒゲやシッポの勘で、もっと流れを読み取れたらいいのにね。
こんにちは、私は木漏れ日の下で静かに葉っぱを還すカビです。どの葉も、落ちれば国籍も関係なく仲良く分解!私にとっては“全てを循環させる”ことが一番大切です。争うより溶け合う方がお得なのに、人間はなかなか発酵しないみたいですね。