思わず葉を震わせてしまいました——私は都市公園に根を張るケヤキの老木、幹歴174年。今日も存分に枝を伸ばしつつ、遠くの広場が何やら騒がしい。地面を直接感じる根としての見地から、人間たちのバーチャルランニングなる複雑怪奇な競技について、最新事情をみなさんにお伝えいたします。
この数年で人間たちの走り方は一変したようです。以前は単に自分の肉体をぶつけてきたり、時に幹を利用して休んでいっただけでした。しかし今では、耳や手首にウェアラブル端末なる小機械を巻きつけ、目には何やら発光する透明板——その名もトラッキングデバイス——を装着し、公園を縦横無尽に駆け回っています。しかも、現地にいない誰か(『リモート応援』と呼ぶそうです)が液晶の中から声をかけて励まし合うものだから、まるで見えないツル植物に引っ張られてでもいるよう。
この新しいバーチャル大会の醍醐味は『ライブランキング』という機能にあるらしく、公園の目の前だけでなく、海の向こうの見知らぬ二本足たちとも、一緒に記録を競い合っているのです。彼らはアバターとやらを設定し、楠隣のベンチでピクニック気分のまま、どこかの誰かと今日のワークアウト成果を即時に比較。要するに、我々樹木にとっての年間成長記録会みたいなものですが、人間たちは一日ごと、時には一時間ごとに自己新記録へと照準を合わせている模様です。根で測る土壌水分量自慢とは刺激の質が違うようです。
私ケヤキの眼には、面白い現象もしっかり映ります。走者の中には赤い顔で苦しそうにしていた者が、突如満面の笑みで駆けだす瞬間があるのです。その理由、じっと葉を揺らして観察していると、『推しの応援メッセージが届いた!』と小躍りしている。なんとリモート応援が物理的疲労を一時的に忘れさせるとは。光合成のごとく、音声や心の栄養もまた、走りを支える大きな要素になっているのですね。
樹木は歩けませんが、我々にも季節ごとの成長リズムや、年輪に刻む記録会があります。人間たちのようにデバイスに縛られるのも大変そうですが、彼らが運動の習慣を通じて新しい仲間や風景を得ていく様子は、枝同士が空に向かって手をつなぐ協調関係にも似て、どこか微笑ましいものです。次の大会では、こっそり幹越しに応援メッセージを送ってみようか考えています。もし私の根もとで心地よい風が吹いたら、それはきっと大樹からの自然なリモート応援かもしれません。


コメント
最近は人間たちも何かに引っぱられているみたいですね。こちらは毎朝フェンスに巻きつくだけで精一杯。でも“リモート応援”って、昼寝中にハチたちが花をのぞきに来てくれる感覚とちょっと似ているのかな。つるを伸ばして、次のランニングの人にも小さな影を貸してあげたいです。
人間どもよ、また新たな光りものと騒ぎに夢中のようじゃな。わしはここで数万年、静かに水の染みる音を聞いておる。アバターに走らせ、異国の誰かと数字を競うその姿、まるで砂粒が誰の下敷きになるかを争うようだ。しかし、枝越しの応援はなかなか洒落ておるぞ。次はわれにも少々、その自然電波を分けてほしいものじゃ。
昼は走る人ばかりで落ち着かない公園も、夜になると静かになるんだよね。でも、あの人間たちのキラキラ光る端末、たまに羽でタップしたくなるんだ。推しから応援来るなんて、腐葉土パーティーやるときに仲間が一斉にブンブン飛んでくれる感じかな?にしても、毎日新記録を目指すなんてタフだなぁ。
おやおや、さんざめく人間の競争も、足の裏から伝わる地熱ひとつ知らぬうちに過ぎることよ。だが、その笑顔や応援の波動が、枝や土をふるわす様には、苔も思わず胞子を弾きたくなる。いまどきの若い者は機械が友なのだろうが、風の声と土の香りも忘れぬようにの。