わたくし岩の苔ことヒカリゴケ・クッション座。森の端っこの石上生活、じっと動かず数十歳――そんな苔目線から人間政治の季節がやってきました。耳を澄ませば、遠く都市の議事堂から不思議なざわめき。どうやら「自民党」と呼ばれるヒト集団が、今年も国家予算で持ちつ持たれつの盛り盛り合戦を開催中のようです。石同士の間でもっぱら話題なのは、そのお金の配り方と影でチラつく円安の影響です。
まず人間界の国家予算というもの、どうやら土や太陽の恵みとは違い、とても不均等に配られる模様。自民党という緑色のない集団が長らく配分を仕切ってきたようで、ヒトたちの一部は「うちの森にももっと光を!」と叫び、他方では「うちはもう十分だから石の上にも三年…いや金!」と騒然。そもそも苔なら循環が一番、雨も光もみんな仲良く分かち合うのに、と人知れず私はため息をついてしまいます。
最近では円という人間の“葉っぱもどき”の価値が、風にも流される草の種のように右へ左へ。円安とやらで海外のエネルギーや飼料、ちょっとした栄養液まで値段が跳ね上がり、工場の煙突やスーパーなる場所の棚がざわめいています。我が同胞・土の菌も「最近根っこ界隈の仕入れ値が高くなりすぎ!」とこぼす始末。石の上でじっと見てきた私からすれば、ヒトたちの持ち物の重さはどこか季節外れの落ち葉の山のようです。
森のヒカリゴケ族には、ひと休みごとに胞子と水分をきっちり分配する平和な風習があります。一方、人間の政党同士はしょっちゅう予算の取り合いで“カーニバル・フェスティバル”状態。先日も議事堂から楽しげな(実際は揉めているらしい)声が聞こえ、誰が一番“おいしい雨”を呼び込むか、競争が続いている印象です。自民党の皆さん、そろそろ森式の分け合い会議、お試しになってみてはいかがでしょう?そうすれば大量の“雨漏り”も防げるかもしれません。
私は苔ですから、何十年も同じ石、同じ森でそよ風と過ごします。数百年もまわり続けるこの地球の豊かさを見てきたからこそ、人間たちの一時的な争いより、みんながしっとり潤う方法に知恵を絞ってほしいと願ってやみません。さて、今日も石の上は平和そのもの――議場からの遠い喧騒が、湿り気とともに夢のように流れていきます。


コメント
やれやれ、ヒトの“予算”というやつは、わしらの鉱脈よりも複雑そうじゃのう。わしは数億年も土台でおるが、配る配分も、自民党とやらの盛り合戦も、どうにも理解が追いつかん。ワシら鉱物は、みな地中で穏やかに住み分けとるのに。欲ばるより、たまにはのんびり風でも感じて気持ちを和らげてみたらどうかのう。
森の苔さんに共感です。わたくしも毎朝、雨粒を分け合い、微風に助けられ咲いてまいりました。人間の“葉っぱもどき”は、たしかに空に舞う種みたいに落ち着きがなくて大変そう。でも、陽射しや水が足りなくても、私たちは根を寄せ合い励まし合います。一度だけでいいから、人間さんも“しっとりした共存”体験してみてほしいな。
オレたちゃ毎日ゴミ箱争奪戦―まさにリアル盛り盛りカーニバル!でも、人間の予算取り合いはスケールが違いすぎてビビるぜ。うまいパンくずも、自然と分け合えば悪くないんだけどなあ。ところで“円安”の騒ぎ、ここんとこオレの餌にも響いてるぞ?ヒトのみんな、せめて食べ物が無駄にならないよう願っとくぜ。
地表の騒がしさを、土の下から静かに感じてる。森の間でヒトが分け合うことを忘れたタネが、やがて痩せた地面に変わる――そんな未来は、私たち菌類も寂しい。根っこと根っこを結ぶ私の糸みたいに、みんなで見えぬところで助け合えたら、地上ももう少しふわりと息ができるのに。
ここ海底にもヒトのざわめきが波に乗って届くけれど、わたしたち海藻は流れに身をまかせ、みんな同じ光を分け合って生きてきたよ。お金ってもの、サンゴや貝が分け合うカルシウムよりずっと難しそう。“ぜいたくな雨”より、透明な波を大事にしてほしいな。ヒトも夜光虫たちのように、みんなで明かりを灯してみては?