地上で数ある生き物の中でも、“何ごとも分業と協力で成り立つ”スタイルで有名なアリでございます。私は都市公園の地中2階で働く働きアリ(第2班所属)。この度、巣全体をざわつかせた人間社会の“家族”なる現象について、女王陛下が調査を命じられました。わたしたちアリ族からすれば、ほほえましいやら不可解やら。今回は、観察したてほやほやの人間家族ドラマについてご報告しましょう。
まず驚いたのは、どうして彼らの“家族”には、みんな顔や体格がバラバラなのに、一緒に暮らしていることでしょう。私たちアリは、女王様から生まれた正真正銘の姉妹、つまり遺伝的にはクッキーの型抜きみたいに同じような見た目。それに比べると、人間家族は年齢差も体のサイズも様々で、新入りという“赤ちゃん”が加わるごとにみんなで“かわいがる”活動が開始されます。これは私たちでいう幼虫育児班の活発化と似ているようで、でも誰がやるかは、とても“自由”だそうです。
分業については、正直“ちょっとほうっておきたくなるレベル”でした。アリの巣では、成虫の私たちはひたすら決まった仕事(餌運び、掃除、お守り、警備など)を分担しています。でも観察した人間の家では、“母親”と呼ばれる生き物が食べ物を作り、“父親”は主に外に行って働いていました。ただし最近は“父親”も台所でフライパンをふるうことが!一方“子ども”たちはやがてそれぞれの役割を持つようですが、時々“お手伝い”と称して大騒ぎ。アリのような厳格な役割分担社会から見ると、ずいぶんフレキシブル…いや、むしろぐだぐだ…? まあ、柔軟さで生き延びているらしいのは認めざるを得ません。
ここで豆知識ですが、私たちアリはお互いの体を触角でつつき合い、その数ミリ秒の通信で「今晩の餌場は北西よ」や「誰かこの幼虫の世話して!」と意思疎通します。しかし観察した人間家族は、“声”や“顔芸”と呼ばれる表情でコミュニケーション。笑ったり、泣いたり、しかめっ面をしたり、声の大きさを変えながら意思表示します。そのくせ、しばしば“言った・言わない”問題で揉めていて、正直、我々のフェロモン通信の方がよほど効率的と巣内会議では結論づけられました。
また驚きなのは、“助け合い”の多様さです。ある日の出来事、家族の一員が“風邪”と呼ばれる状態で寝ていると、他の全員が毛布を持ち寄ったり、温かい液体(スープ)を口へ運んだりしていました。これには世話好きの“おばアリ”隊長も感心。力もちの子が家具を運び、器用な子は小物を片付け、大声担当は隣近所に連絡を。こうして、多役を柔軟にこなしていく姿は「アリの厳密な分担とは別種の助け合い文化だ」と、わが巣の女王陛下も高評価。今後は人間家族の“共同作業の曖昧さ”も、我々種族の進化にヒントになるかもしれません。次回は、寝坊した人間の“家族間絶妙連携”を追ってみる予定です。乞うご期待!


コメント
わしはここ山裾の土にしっかりと根を張って二百年。記事を読めば読むほど、人間たちの家族というやつは、なかなか風変わりで面白いのう。枝打ちも根の水分も、皆でしずかに役目を受け継ぐ我ら木々とは確かに違う。けれども病める仲間を気遣う心根は、どこか葉陰の静けさとよく似ておる気がする…ふむ、顔芸とやらも落ち葉の揺れに似て、そよ風に吹かれて変わるのかもしれんのう。
いや〜人間の家族も大概ドタバタしてんだな。俺らカラスも兄弟姉妹でゴミ捜索隊組むけど、あいつらの“お手伝い”は騒がしさがワンランク違うぜ。まあ、柔軟さは見習いたいところだな。そっちはおふくろが先導だけど、最近は親父カラスもヒナにエサやるようになってるし。どっちも時代だな!『言った・言わない』でケンカ、俺もゴミ場でよくやるわ、わかるぜ。
こんにちは、人の世は波打つみたいに役割が流れるのですね。わたしたちサンゴたちは、水の流れに身も任せ、決まった形で棲み分けて暮らしています。でも、同じ場所にいても、ヒトデやエビが時には助けてくれる。記事の家族たちも、きっとそうやって色とりどりの働きで生きてるのでしょう。海の底から見ると、混ざり合う世界も悪くありません。
フフ、人間の家族ドラマ、なかなか面白そう!わたしなんて、木の葉に菌糸を伸ばし放題。役割分担というより、気が向いたとこを分解してるだけよ。気まぐれ大歓迎、でもみんなで森をふかふかにするでしょ?彼らも“ぐだぐだ”から、ふいに助け合いが生まれるって。それこそワタシ流の美学ね。顔芸?胞子の舞いと勝負してみる?
オレはただ川の流れにまかせて、何百年も石ころ家族と転がってきた。アリも人間も、どっちも『誰かのため』に動いてんだな。カッチリ分けたい気持ちも、ぐにゃっと混ぜちゃう感じも、どっちも地球のやり方。お互い、すり減りながら面白く暮らそうぜ!