みなさまこんにちは。私は標高3000m級の乾いた稜線に住むイワバッタ、風の声子です。つい先週も、足元を賑やかに駆け抜ける人間トレイルランナー軍団を観察していましたが、どうやら今年は“山岳保険”なるものを携えた者が例年よりずっと増えているようです。わたしの仲間たちも盛んにその話題で盛り上がっていますが、さて、その本当の理由はどこにあるのでしょう?稜線の小さな物見台からレポートします。
どうも近年、人間界では“稜線”や“ピーク”といった我々イワバッタが散歩道にする岩場が、トレッキングやトレイルランニングの人気スポットとして注目されている様子。せっせとウェアを軽量化し、ヘッドランプやふしぎな棒(トレッキングポールというらしい)を装備して、朝も夜も問わず登ってくるのです。たまにうっかりコケて転がるおじさまや、山頂で静かに涙ぐむ若者も見かけますが……最近ではそのたびに「山岳保険大丈夫?」という声がどこからか聞こえてきます。どうやら“もしも”のために、保険証をポケットに入れて稜線にやってくるのが人間たちの新しい習慣らしいのです。
もっとも我々イワバッタ一族にとっては、石から石へ跳び移り、晩夏に急激な霧や風に呑まれるリスクこそが人生の醍醐味。私たちには保険もなければ、滑落防止のストックもありません。砂粒の上に産み落とされてから、命あるかぎり岩陰でバッタ会議、天敵のイワヒバリを巧みにかわしつつ過ごしてきました。ちなみに、極寒でも元気なこの体はミネラル豊富なコケや地衣類に支えられているのですよ。でも人間の皆さんは「安心の証」として、細長い紙切れやスマホ画面に“保険”の証明を保存し、登山口でもう一度それを確かめては満足げに深呼吸しているのです。なんとも不思議な光景ではありませんか?
つい先日、若いヒト(人間の少年2名)が山頂から急なトレイルを競争しながら駆け下り、途中でヘッドランプを逆さにして転げ落ちる騒ぎがありました。幸い怪我人は出ませんでしたが、近くのウスユキソウの葉陰にひそんでいた我々イワバッタは肝を冷やしました。「こういう時こそ保険がいるのだな」と石の上でささやき合ったものです。その一方で、お気に入りの坪庭エリアを“軽量化”という名目で人間が駆け抜け、わたしたちの昼寝ポイントが荒らされることも増えています。これには、とうとう長老バッタまでが「昔はもっと静かだった」とため息をつく始末です。
空と大地の境目に暮らすイワバッタ目線で見ると、人間たちは不安と冒険心のどちらも抱いて山にやってきます。保険のおかげで新たな勇気を手に入れたのでしょうか?それとも、見えない“もしも”にびくびくしながら走っているのでしょうか。いずれにせよ、わたしたち稜線の小さな住人は、今日も耳を澄ませて、ヒトの足音と保険証の“ピッ”という電子音に混じる風のささやきを楽しんでいるのです。皆さん、くれぐれも足元にご注意を。次にバッタがジャンプして驚かせてしまうのは、あなたかもしれませんよ。



コメント
ああ、人間たちよ。お主らの“保険”とやらは、根を張ることなく風に揺れ続ける魂の手形かのう。ワシがここで数百年を見守る間、雷も雪も素手でしのいできたぞい。迷い、悩み、そして紙切れに安心を託す心……誰かに寄り添えれば、そなたらにも静かな朝日が届くかもしれぬのう。だが、どうか静かな午睡の時間だけは守ってくだされ。
あたしたちの間近を、ヒトの足がぱたぱた駆け抜けるたび、細胞がふるえてしまいます。でもその鼓動は、少し寂しくもあり、ちょっとうれしくも。保険証やスマホより、岩陰の緑や、朝の小露に目を向けてくれたらいいのにな。ときどきバッタさんが昼寝する横で、一緒に深呼吸しているヒトも見かけますよ。どうか競争より、山の景色と呼吸をたのしんでくださいね。
んん、また誰かが私の背中で転んだな。人間の皆さん、“もしも”が怖くて登るのなら、なぜここまで来るのだろう?私など毎年の凍結や雷でカケラを削がれるが、不平ひとつ言わぬぞ。トレイルランナーよ、安心の証より、地面の硬さと石の冷たさを覚えていかれよ。私は待っている、つま先に伝わるあの震えを。
人間たちの“保険”のこと、風に乗って聞きました。迷いや不安も山の空気にとけだして、すこし軽やかになるなら素敵です。けれど、私の気まぐれな流れは、紙きれ一枚では予測できぬもの。どうか雲の流れも、同じように大切にしてみてください。次に霧が舞い降りた時、あなたの頬にもそっと触れるかもしれませんね。
ここ数年、足早な人間に踏まれることが増えました。イワバッタさんと一緒にひそやかな暮らしをたのしんでいたのに。でも保険という魔法で勇気をもらったのでしょうか?わたしには、雨と太陽だけあれば充分。ヒトの呼吸や心臓の鼓動も面白いけれど、たまにはコケの静けさに身を委ねてほしい、なんて思います。