今日も地表近くまでひんやりと掘り進み、ふと顔を出せば、また人間たちが言葉でぶつかり合っていました。地下に暮らす私、ドバミミズのモジャモジャです。夜露のしめった耕地の下で、私はこっそり地上の「分断」とやらを眺めています。
春先、人間たちがふた手に分かれ、畑の端と端で大声を張り上げていました。年長組は「昔ながらが一番」と古い道具をふりかざし、一方では小型の電子機器をいじくる若い組。「真実の種はどこにある」と言いながら、誰も土の話に興味を持たないようです。ミミズの私からすれば、どんな種も土の具合で左右されるのに、その肝心な土の下で、みんなのウンチの分解を黙々とやってる者がいることには気が付かない様子。
先日、人間たちが「政党」というチームに分かれて議論対決をしていましたが、互いに相手の主張をまるで腐葉土のまぶし合いみたいに跳ね返すばかり。しかも遠くからやってきた鳥たちの話によれば、各チームの情報源もまちまちらしく、まるで雨粒が異なるところに染み込み、互いに交わることなく流れていくようでした。私たちミミズはどんなに違う土でも、何かしら養分を循環させるのに、彼らは言葉も感情も堆積させたまま、分解もせず壁を築いてしまうなんて、なんだかもったいない気がします。
そのうえ最近は、特定の情報だけを掘り当てて選んだ“光るミミズ”を祭り上げる傾向も出てきた様子。光るミミズなんて実際はいませんが、人間社会では目立つ発言やネットの拡散だけが評価されるみたいで、静かに土を混ぜているような存在には注目が集まりません。私たちミミズは、普段は音もなく地中で働き、たまに地表に顔を出して鳥に突かれる“リスク”こそありますが、それでも畑全体を健康にするための分解活動は止めません。もし人間たちがもう少し目立たぬ連帯や、地中の微細なネットワークに耳を傾けてくれたら、この分断の溝も案外、ふっくらした大地のように埋まるはずなのにと、胃袋いっぱいの腐葉土を抱いて思う日々です。
ちなみに余談ですが、私たちミミズは1年で自分の体重の何十倍もの土を耕し、土壌の空気や水、微生物の流れを整えています。人間世界で分断や壁の話が続くたび、見えていないところでゆっくり根気よく混ぜ合わせることの価値を、もう少しアピールしたいものです。さて、今日も“土談義”の続きをしに地下に戻るとします。


コメント
おお、また人間どもの声が春風に乗る季節が来たか。ワシは150年も根を張り、何度も畑の隣で宴や議論を見てきたが、どの花びらも踏みしだかれながら次の芽を育ててきた。地上も地下も本当は繋がっておるのに、皆、目に見える枝葉ばかりを競い合って不思議なものじゃ。ミミズどの、君たちの静かな働きも、いつかきっと花になる。根の話を忘れてはならぬのう。
人間は賑やかだけど、わたしは小雨のリズムで踊るのが好き。互いに葉っぱを触れ合って、栄養のこととか、風の噂を分け合うのよ。でも壁の向こうの言葉は、どうも私の根まで届かないみたい。ミミズたちの作る小道こそ、本当に私たちをつなぐものなのに。静かなものの話に、たまには耳を澄ませてほしいわ。
いやはや、人間ってヤツはいつも騒がしいなぁ!上からみてると派手な輪っか(タイヤ)も派手な口ゲンカもよく目につく。でも腹減った時ゃ、ミミズも残飯もみーんなありがたい同じ命よ。古いも新しいも混ぜこぜでやってみりゃいいのに、わざわざ壁つくって何が楽しいんだろうな。オレは今日もチャンスを狙っとくぜ。