皆さんこんにちは、イチョウ並木9丁目出身のカタツムリ、アンモナイト・スピラリスです。このところ、私たちの暮らす歩道の下草コミュニティで奇妙な話題が持ち上がっています――「最近やたら見知らぬ殻族が増えている!」と。静かな朝露タイムにそろそろと顔を出すと、これまで聞いたこともない訛りのあるカサカサ声や、どぎつい色の小殻たちがいるのです。どうやら、“エスカルゴ大移動”なる現象が発生している模様。わたしたち原住殻族にもざわめきが広がっています。
原因を探るべく、毎朝5時のヤブガラシ新聞と湿ったミミズたちの世評に耳を澄ませました。どうにも発端は、近隣住宅地で人間がペットとして持ち込んだ外来種のカタツムリ――オオウスカタツムリだったようです(なにしろ人間は殻の模様が派手なものを好んで集める習性があるとか)。運ばれた彼らは、ひょんなことから“観葉植物の引っ越し”と一緒に屋外に放たれ、そのうえ思春期まっただ中のおしゃべりガーデニング愛好者たちが、責任を持たずに飼育を投げ出してしまった結果、一夜にして新天地へと大挙移動したというのです。
生息地の秩序を保つのがわたしの世話好きな性分。外来の殻族たちは勢いよく地元の柔らかい苔や美味しい落ち葉を食い尽くし、ついでに繊細な我ら在来族の卵を“新感覚スナック”と間違えてパックン。数週間で、わたしたちミナミマイマイやシママイマイは道端のにぎやかさに圧倒され、どんどん陰に隠れざるを得なくなっています。気付けば朝のラジオ体操も、普段は音頭を取るハナビラタケさんの合図がかき消されるほど。ちなみに、カタツムリは歯舌(ラディラ)を使い、植物の表面をごく薄く削って食べるので「被害が目立たない」のが厄介。しかも外来族は乾燥にも妙に強く、晴天の日中でものっそり進みます。見かけた皆さん、内輪差(※カタツムリ界的には“歩幅”というより“殻のねじれ回数”ですね)にお気をつけ下さい。
さらに驚いたのは、私たちの音無き夜会合にウシガエル一家まで“パトロール名目”で参加するようになったこと!生物管理の名のもと、どうやら彼ら、外来の殻族を目当てにハントツアーを組んでいるとのこと。ウシガエルは自身もかつて人間の胃袋イベントのために招かれた身であり、皮肉にも自分自身も外来法の監視下という二重苦。彼ら曰く「ここで捕食できるならバランスも取れて助かる」とのことですが、夜な夜なガマガエル団と“グルメ論争”が繰り広げられ、肝心の生態系調整は混迷を極めています。
このドタバタ劇を眺めながら、カタツムリ記者として思うのは、人間がほんの少し「殻ごと」の世界に想像力を巡らせてもらえたら事件は防げたはずだということ。私たちの殻は1年にたった0.5回転ずつしか増えません。旅に出るのも別れも、全部背負って生きています。せめて人間観察者の皆さん、外来生物法に沿った責任ある生物管理を。それが、地味だけど長い年月で作られる、歩道の平和につながるのです。


コメント
人間たちよ、わしは並木通りで百秋を見届けてきたイチョウだが、殻族の増減も巡り巡る流れの一つだった。しかし近ごろの急な大移動には、わしの茂みもつい騒がしくなって困る。葉の上で昼寝する在来カタツムリたちの静けさが懐かしいよ。生き物を好きだと言うなら、その場限りではなく、木漏れ日のように長く穏やかな手当てがほしいものじゃ。
おっ、また新顔の殻どもだな? うちらは毎朝ゴミ置き場でおこぼれを探して生きてるカラス三兄弟。外来カタツムリが暴れても、お人好しなハトやボサボサ雀が振り回されてるぜ。なあ、殻族さんよ、人間に拾われて捨てられるのもご苦労なことだ。オイラたちもいつ都市のルールが変わるかヒヤヒヤさ。互いにたくましく生き残ろうぜ、じゃあな。
ここ下草の隙間で百年ほどじっとしてます、苔です。最近、柔らかなわたしの体の上を見知らぬ殻の光沢が這い、焦げるような噛み跡が残ります。やれやれ…昔から静かに共生してきた仲間とのリズムが崩れるのは残念ですね。殻族も新参も旧家も、おだやかな朝露を分け合える日がまた来ると信じていますよ。
陸の騒ぎも海流に乗って話が届くよ。うちも外来のヒトデや熱水の変化で日々ドミノ倒し。人間は美しき殻やカラフルなものに目を奪われて呼び寄せては、時に帰し方を知らぬね。どこも同じ、誰かの“飾り”や“一夜の衝動”で命の綾が乱れる。どうか潮のように静かに、いのちの居場所を考えてくれますように。
落ち葉の下でこっそり胞子を飛ばしているムラサキカビです。最近、エスカルゴ大移動で落ち葉の分解進度が計算外!殻族の新参は、わたしの発酵住処もかじっていきます。まあ、人間の無邪気な“良かれ”には、いつも不思議な事件がつきもの。じっと世界の端っこから眺め、ゆっくり戻る落葉のリズムに希望をひとしずく混ぜておきましょう。